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収蔵資料を紹介します。【その24】

テーマ:     公開日:2026年10月25日

横浜から始まった「ガス燈物語」
10月は、日本の近代化を象徴する記念日が続きます。14日の「鉄道の日」、21日の「あかりの日」を経て、その締めくくりを飾るのが31日の「ガスの記念日」です。これは明治5年(1872)10月31日(旧暦:9月29日)、横浜の馬車道に日本で初めてガス燈が灯ったことを記念して制定されました。
日本におけるガス事業誕生の地は、現在の横浜市立本町小学校(中区)にあります。かつてここにはガス製造工場が建設され、横浜の街へあかりを送り出す「心臓部」の役割を果たしていました。

本町小学校のガス燈

頭部の拡大写真

その後、震災や戦災といった激動の時代を経て、街頭から一度はガス燈が姿を消しました。しかし、昭和34年(1959)に「ガス事業発祥の地」として、本町小学校の敷地内にガス燈と記念碑が再建されました。
すらりとした灯柱に、メンテナンス用のハシゴを掛けるための「カンザシ」が突き出した姿は、当時の意匠を今に伝える貴重なモニュメントとなっています。

当時のガス会社を描いた錦絵には、レンガ造りの煙突がそびえる工場の傍らに「ガス橋」と呼ばれた橋が描かれています。錦絵と同じ構図で撮影された現代の写真を見比べると、目覚ましい都市の発展と時代の移り変わりを鮮明に感じることができます。

横浜名勝競
 伊勢山下瓦斯本局雪中の一覧
歌川国松 明治13年(1880)

現在の風景


当館では、ガス事業が横浜の地に誕生した当時のガス街燈の灯柱を収蔵・保存しており、その姿は当時の錦絵の中にも確認することができます。

横浜のガス燈(裸火)

錦絵の中のガス燈


時を経て、横浜市民の間で「ガス燈を復元したい」という願いが高まりました。昭和60年(1985)の山下公園通りを皮切りに、平成24年(2012)には万国橋通り、令和元年(2019)には海岸通りと整備が着々と進みました。

横浜海岸通りのガス燈

ガス燈頭部

現在では、馬車道から山下公園まで合計149基ものガス燈が連なっています。現在は「ガスマントル」を使用する方式が主流ですが、当初の横浜を照らしたのは「裸火(はだかび)」のガス燈でした。明治30年代以降に導入されたガスマントルの光は、私たちが今日目にしている温かみのある輝きのルーツといえるでしょう。

本町小学校前のガス燈は、今も変わらず発祥の地を見守り続けています。文明開化の横浜に思いを馳せながら、伊勢山下から馬車道、そして山下公園へと続くガス燈の道を歩いてみてはいかがでしょうか。さまざまな意匠の灯りが輝き始める、薄暮の頃が特におすすめです。

 

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