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瓦斯野炎男の美味しいミュージアム【豪徳寺編】 ~「食と農」の博物館と孤独のグルメの聖地「いなだ」~

テーマ:     公開日:2026年09月04日

こんにちは、瓦斯野炎男です。
今回は「孤独のグルメ」聖地巡礼の第三弾。あの井之頭五郎さんの足跡を辿って、豪徳寺へとやってきました。

招き猫で世界中から注目を集めるこの街ですが、私の目的は猫よりもまず、胃袋を満たす一皿です。

1.商店街の先に待つ「聖地」の熱気
新宿から小田急線に揺られ、豪徳寺駅へ。

商店街を歩くことわずか3分。ひっそりと、しかし確かな存在感を放つ「いなだ」の看板が見えてきました。

一歩入れば、そこはもうドラマの世界。カウンターに腰を下ろすと、五郎さんが頬張っていたあの空気感が蘇ります。五郎さんは「ぶりの照り焼き」と「クリームコロッケ」を選んでいましたが、私は人気と噂の「海鮮丼」に、名脇役の「クリームコロッケ」を添えることにしました。

ほどなくして運ばれてきた海鮮丼は、まさに海の宝石箱。

切り身の種類が豊富で、器からはみ出さんばかりのボリュームです。一口ごとに異なる鮮烈な旨味が押し寄せます。洋食メニューも豊富なお店ならではの、自家製ドレッシングの美味しさにも驚かされました。サラダ一口にも一切の妥協がありません。

そして、真打ちの登場です。五郎さんも絶賛したアツアツのクリームコロッケ。

箸を入れると、中からとろりと濃厚なクリームが溢れ出します。添えられたタルタルソースは酸味が絶妙に利いていて、揚げ物の重さをさらりと拭い去ってくれる。この「熱」と「酸」の往復が止まりません。

2.胃袋が満たされたら、次なる「源流」へ
ふぅ、と一息。満腹の幸福感に浸りながらも、今日の旅はここからが本番です。
私たちは毎日当たり前のように「食」を楽しんでいますが、その裏側にある「農」の営みをどれほど知っているでしょうか。

豪徳寺の商店街を離れ、次に向かうのは東京農業大学のキャンパス内にある「食と農」の博物館。そこには、今回頂いた海の幸、山の幸が私たちの手元に届くまでの、もっと深くて熱い歴史が待っているはずです。

早速入ってみましょう。

3.坂本龍馬のライバルが夢見た「理想の畑」
館内へ足を踏み入れると、まず巨大なトラクターがお出迎え。ここで私は、この大学の意外なルーツを知ることになります。

まずは学校法人東京農業大学の歴史から。なんとあの榎本武揚がルーツなのですね。

東京農業大学は、幕末・明治の風雲児、榎本武揚公によって設立された「徳川育英会育英黌(いくえいこう)農業科」を前身としています。旧幕臣でありながら、坂本龍馬も驚くほどの国際感覚と科学の知恵を持っていた榎本公。彼が掲げた「人物を畑に還す」という建学の精神が、今の日本の食卓を支えているのだと思うと、展示の見え方が変わってきます。

4.「醸造」という名の科学と熱量
2階に上がり、私が吸い寄せられたのは「酒」のコーナーです。

ここには、全国に広がる東京農大卒業生蔵元の代表銘柄が、壁一面に整然と並んでいます。その圧倒的な光景を前にすると、先ほどまでの満腹感はどこへやら、知的好奇心がじわじわと頭をもたげてきます。

展示を辿ると、酒造りの工程が緻密に紹介されています。米を蒸し、麹を作り、発酵させる。この「醸造」というプロセスは、実は私たちガス業界とも深い繋がりがあります。かつて醸造所での温度管理や蒸気の供給は、職人たちの経験と熱源との戦いでした。榎本武揚公が夢見た科学的な農業の姿が、この緻密な温度制御と発酵の仕組みの中に息づいています。

5.微生物を飼いならす「知恵」の形
ふと足を止めさせたのは、酒造りにまつわる多種多様な展示の数々です。

まず出迎えてくれたのは、酒蔵の軒先でお馴染みの「杉玉」。これまで何度も目にしてきましたが、こうして改めて中身(構造)をまじまじと見るのは初めての経験です。青々とした杉の葉が茶色く枯れていく様子で新酒の熟成を知らせるという、この風雅な仕組みもまた、自然の流れを測る「物指し」なのだと気づかされます。

さらに歩みを進めると、米の「精米歩合」の比較展示がありました。よく「50%みがく」といった表現を耳にしますが、削り取られた米の姿を肉眼で比べると、その差は歴然です。磨けば磨くほど小さく、真珠のように白くなっていく米粒。この小さくなった一粒一粒に、雑味を排して最高の「大吟醸」を醸そうとする人間の執念が凝縮されています。

その先には、徳利やお猪口といった「酒具」のコレクションが整然と並びます。単に飲むための器ではなく、酒を楽しむ文化そのものを慈しんできた日本人の美意識が、この形一つひとつに宿っているようです。

そして、最も強く印象に残ったのが、実際に使われてきた酒造用具の数々です。
使い込まれた木の質感、染み付いた歴史の跡。そこからは、見えない微生物の働きを読み取り、手懐け、最高の「一滴」を絞り出そうとする蔵人たちの熱量が伝わってきます。それはもはや、単なる経験則を超えた、精密な「化学」の現場そのものでした。

榎本武揚公は、厳しい自然環境の中でも人々が豊かに暮らせるよう、学問としての農業を確立しようとしました。壁一面の酒瓶は、そんな彼の志を受け継いだ卒業生たちが、日本各地の風土を「瓶」という宇宙に閉じ込めた成果のようにも見えます。

6.豊穣の余韻を残して
酒の歴史を巡る旅は、米という一粒の種が、人の知恵と火の力によって黄金色の液体へと変わるまでの奇跡を教えてくれました。

残念ながらここでは試飲というわけにはいきませんが、並ぶ酒瓶を眺めていると、それぞれの瓶の向こう側にある水や、土や、火の記憶が透けて見えるようです。「いなだ」で頂いた料理の数々も、こうした「農」の連なりがあってこその恵みだったのだと、改めて腑に落ちました。

さて、豪徳寺で「食の根源」に触れた私たちの旅は、まだ終わりません。この先には、さらなる驚きが待っています。
次回、「瓦斯野炎男の美味しいミュージアム【祖師ヶ谷大蔵編】」へ続く!

 

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