
ガスミュージアムブログ
収蔵資料を紹介します。【その18】

東京名所 両国河ひらきの景 吾妻橋之図 蕾斎 明治31年(1898)
7月も後半に入り、そろそろ各地で開催される花火大会のニュースを耳にされる方も多いのではないでしょうか。
東京を代表する花火大会として、まず「隅田川花火大会」をあげることができるかと思います。
この花火大会の起源は、江戸時代の享保17年(1732)に遡ります。この年は西日本を中心に大飢饉が発生し、
疫病も流行して多くの死者が出ました。これを受け、江戸幕府八代将軍徳川吉宗が、犠牲者の慰霊と悪疫退散を
願って翌享保18年(1733)に隅田川で水神祭を執りおこない、その際に花火を打ち上げたのが始まりとされて
います。
この花火は「両国川開きの花火」として定着し、江戸庶民の夏の風物詩となりました。
江戸時代以前から伝わる伝統的な花火は、硝石・硫黄・木炭などの自然原料を用い、伝統的な製法で作られ、
主に硫黄、炭、硝石を主成分とし、燃焼時の炎の色は赤系統が中心でした。
その後明治時代になると、外国からの技術導入により、鮮やかで多様な色彩の花火が作れるようになり、日本の
夜空を彩る花火の色は格段に増え、表現の幅が広がりました。
明治以降、西洋の技術を導入した「洋火(ようび)」に対して、炭火の花火は「和火(わび)」と呼ばれます。
しかし花火大会は、その後第二次世界大戦の激化に伴い、昭和14年(1939)を最後に一度中断されます。
戦後日本の復興が進む中で、国民の娯楽や文化を求める声が高まり、再び花火が打ち上げられたのは昭和23年
(1948)のことです。しかしその後、都市化の進展や河川の汚染、交通規制の問題などもあり、昭和36年
(1961)の開催を最後に、再び中断されることになります。
そして、多くの人々の努力と熱意によって、昭和53年(1978)に「隅田川花火大会」として、三度復活を果たし
ました。この復活以降、現代に続く大規模な花火大会として、毎年多くの観客を魅了しています。
今回紹介する作品は明治30年代に制作されたものです。
描かれている花火の光の色が「赤」や「白」のほか、「青」や「紫」も見えることから、この頃には外国の技術を
導入した花火が打ち上げられていたことが見て取れます。
今週末の25日に開催予定の「隅田川花火大会」では、どのような花火が東京の夜空を彩り、私たちを楽しませて
くれるでしょうか?
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