ガスミュージアム

OPEN

ガスミュージアムブログ

ガスミュージアムブログ

ガス灯を探しに行こう! 第13回 ~文豪も愛した温もりのあかり~    山の上ホテルのガス灯

テーマ:     公開日:2023年02月24日

神田駿河台の小高い丘の上に建つ、瀟洒な洋館が魅力的な「山の上ホテル」。
今回は、東京の真ん中に建つ、このハートフルなホテルが舞台です。

JR御茶ノ水駅前から、大通りを駿河台下交差点方向へ南に徒歩3分ほど進むと、明治大学の現代的な高層校舎群が近づいてきます。その高層校舎の間を縫うように、足元の道を右に曲がると、まるでタイムスリップしたような静けさを感じる坂道(甲賀通り)へ。その坂道を登っていくと、正面に趣のある建物の姿が見えてきます。この館が山の上ホテルです。

甲賀通りの坂を登ると山の上ホテルのファサードが眼前に見えてくる

山の上ホテルのメインエントランスの右手には、華やかな4灯式のガス灯が立っていて、温かなあかりを灯して訪れる人たちをお迎えしています。

ホテルのメインエントランス脇に立つガス灯

山の上ホテルの建物は、昭和12(1937)年に、日本初の公立美術館である東京府美術館(現東京都美術館)の生みの親として知られる、実業家佐藤慶太郎氏の依頼で、アメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏の設計で建てられました。
建物の意匠はアールデコ様式。とても洗練された印象を与えています。

アールデコは、フランス語で「装飾芸術」を指す言葉で、1925年パリ万博で世界に広まったパリ発の芸術様式です。1940年頃にかけて特にアメリカで花開き、マンハッタンの摩天楼、クライスラービル(1930年竣工)やエンパイヤ・ステート・ビルディング(1931年竣工)は、アールデコの代表的な建築です。1930年代半ばに設計された山の上ホテルの建物も、20世紀前半のパリやアメリカのデザイン潮流を汲んだアールデコの意匠が採用されていました。

山の上ホテルの外観。左右対称で幾何学的なアールデコの特色が表れている

立体的でジグザクなデザイン

建設当初の建物は、これからの社会のあり方を研究、実践、啓蒙する社会事業の拠点『佐藤新興生活館』として利用されていました。その後、第二次世界大戦の終戦後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収され、アメリカ陸軍婦人部隊の宿舎として用いられました。
昭和28(1953)年に返還された建物を、ホテル創業者吉田俊男氏が借り受け、昭和29(1954)年に開業します。アメリカ陸軍婦人部隊が「HILLTOP HOUSE」の愛称で呼んでいた意を汲んで、「山の上ホテル」と命名しました。

山の上ホテルは、出版社や古書店が軒を連ねる神田・神保町にほど近い立地と、アットホームながら洗練された雰囲気に魅せられ、いつしか文人たちに愛されるホテルとなっていきます。川端康成、松本清張、三島由紀夫、池波正太郎、遠藤周作等、多くの文豪が常宿とした文化の薫り高いホテルとして有名です。

69年の歳月のなかで育まれてきたこの温かく文化的なホテルについて、取締役の中村淳氏から、「創業者吉田俊男がイメージしていたのは、パリ郊外など西洋のプチホテルと日本旅館が融合したような、手作りのぬくもりのある家庭的なホテルでした。それをホテルスタッフで常に希求し続けてきました。」と語っていただきました。

「より良く、より良く、と追求し続ければ、いつかはあなたの眼にとまるでせう」

創業者の想いを体現するため、創業間もない頃から、歴代のシェフをパリの最高峰ホテルとして名高いクリヨンホテルで研修させたり、スタッフを欧米に派遣し最高級ホテルのおもてなしや空間、そのホテルの佇む風景を肌で受け止め、感性を磨かせるなど、人材育成に力を入れてきたそうです。

山の上ホテルは、創業以来2回ほど大規模なリノベーションを行っています。最初は、昭和55(1980)年に行ったリノベーションでした。その時、山の上ホテルの姿を「パリ郊外のプチホテル」に重ね合わせてデザインを整えていきます。そのなかで、パリの街の美しさにも通じる「ガス灯」を、プチホテルのアイコンのひとつとして取り入れました。リノベーションの設計を担っていたデザイナーの提案だったそうです。まさに、山の上ホテルが目指している心温まるおもてなしを記号化した、シンボリックな存在がガス灯だったのです。

心温まるプチホテルを象徴するようにガス灯がともる

その後、2回目のリノベーションは、創業時のアールデコのデザインが経年の改修で失われていたところを再構築して、本来の姿を取り戻す形で、平成31 (2019)年に行われました。設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズゆかりの一粒社ヴォーリズ建築事務所です。
昭和10(1935)年に描かれた原設計図から意匠を復元し、現在はアールデコの美しい姿がよみがえり、随所で輝きを放っています。

階段に貼られたカーペットを取り除いたら建設当初のタイルが表れたため、その意匠を再現。一段目はオリジナルをそのまま利用している

階段のフロアサイン。ガラスと金属を用いて華やかな色づかいのアールデコ調デザイン

2度のリノベーションを経て、1930年代のレトロながらモダンな空気を醸し出すアールデコの意匠と、温かな輝きを放つガス灯のハーモニーが東京の真ん中で体感できる、唯一無二のホテルになったのです。素晴らしいですね。

ホテルフロント近くの壁面に、建設当時の設計図の縮小版がディスプレイされている

ホテルロビーの床の幾何学文様のタイル

山の上ホテルのガス灯をもう少し見ていきましょう。
このホテルには、メインエントランスのガス灯とともに、ホテル西側の内庭の階段にもガス灯がともっています。

ホテルの内庭階段に立つガス灯

4灯式のガス灯の頭部

内庭のチャペルからガス灯を望む

内庭は錦華坂に面している。小高い丘の上であることがよくわかる

メインエントランスと内庭、どちらのガス灯も、英国ロンドンのウエストミンスター教会の前に建つガス灯をデザインモチーフにしたといわれる、通称「ウエストミンスター型」の4灯式のガス灯です。

ガス灯発祥の地のロンドンならではの華やかさのあるデザインを取り入れているガス灯なので、洗練された文化的な山の上ホテルの雰囲気にマッチして、とてもきれいです。

取締役の中村淳氏は、若かりし頃に、作家の池波正太郎と外でお酒を飲むこともあったそうで、ほろ酔いでホテルのメインエントランスまで帰ってきた池波正太郎が、

「ガス灯すごいねえ。このガス灯はすごく心が和らぐね。」

と話したことをよく覚えておられました。

文豪たちが我が別宅として愛した山の上ホテルの玄関にともるガス灯は、ホテルのスタッフとともに、その温かな光で「おかえりなさい」と語りかけているようです。

ぜひ、温かなぬくもりと輝きのある山の上ホテルに滞在して、文豪たちが第二の我が家として愛した文化の薫りを感じてみてはいかがですか。

           ***
「東京の真ん中にかういう静かな宿があるとは思わなかった。
設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人っぽい処が実にいい。
ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」
                    三島 由紀夫
           ***

担当【Y.A】

<参考>
・山の上ホテル ホームページ   https://www.yamanoue-hotel.co.jp/
・一粒社ヴォーリズ建築事務所 ホームページ

 

ホーム

 

サイトトップに戻る

最新の記事

テーマ別

アーカイブ